2025.11.30
つづきです。
「岡東自治町内会だより No.83 」の内面10ページと11ページです。
左のページは淀川の歴史について書いてあります。
右のページは天野川の歴史を書いてあります。

裏面の12ページです。
今号の「なんでも雑学」は特別史跡百済寺跡について書いてあります。
内面の8~9ページは「秋祭り協賛金御礼」のご芳名が載っています。
今号は全12ページで写真35枚、地図5枚、資料写真5枚が載っています。


2025.11.29
つづきです。
「岡東自治町内会だより No.83 」の内面4ページと5ページです。
左のページは主に各団体さんごとの写真です。
右のページは南口ロータリーでの写真で、下の5枚は来賓者さんのご挨拶の写真です。

6ページと7ページです。
左のページの上は岡本町公園に4町の布団太鼓がそろったところです。
昼休憩をはさんで旧街道を枚方公園まで巡行する写真です。
右のページは鍵屋資料館前へ巡行した写真です。そして帰路の写真です。


2025.11.28-2
先日ポストに入りました「岡東自治町内会だより No.83 」です。
1面は10月12日(日曜)に行われた秋祭り(布団太鼓・子供神輿)巡行の記事です。
左の写真上は当日の早朝に4町合同で意賀美神社に清めのお祓いを受けに参拝したところです。
下は子供神輿巡行の経路図です。
右の大判は布団太鼓がいよいよトムソーヤビルの角から出てくるところです。

内面の2ページと3ページです。
左ページの6枚の写真は子供神輿巡行の様子です。
右のページは布団太鼓巡行の経路図と、出発に先だって橘内自治会長さんの安全にの挨拶、戸梶青年会長さんのケガのないようにの挨拶、また各ご代表さんのご挨拶の写真です。
下の大判は出発前の参加者の集合写真です。たくさんの人です。これだけいても写っている人が分かります。


2025.11.28-1
グーグルの検索画面の下に表示された項目のスクリーンショットです。
枚方市内の平均年齢が高い地区、低い地区の2024年のデーターに基づく枚方つーしんの記事です。こんな数値があるんです。クリックして見にいきますと枚方市内の地区名がありました。


2025.11.27
つづきのようなそうでないような。
ずーつと引っかかっていることってあります。それは本を読んでも新聞を読んでもスカッとは解決しなくて、しかしなにか気になっていることってあります。例えば 2025.11.26 に書きました外国の記者も、きっと日本の神仏分離や廃仏毀釈に引っかかって内田樹さんの聞いたんでしょう。
私は今AIや人工知能がこれからどうなるのか不安があります。テレビで中国の人型ロボットが競技している映像を見ると気分が悪くなります。そしてその嫌で気持ちの悪い方向へは行かないで避けた方がいいと思います。しかし新聞を読むと毎日AIや半導体の記事があり、日本の企業も提携するとか取り入れるとが載っています。
写真はありませんが昨日載せました狩尾神社の階段の上から南の方を見ますと、昔の人がどうしてここに神さんを祀ったのか分かります。西に対岸の山崎の緑からつづく北摂の丘陵があり、東に交野ケ原大地ですか、その間を淀川の流れが枚方の方へ、そして曲がりながら南へ大阪へのびています。きっとこの自然に太古から人は手を合わせたんです。それでここに神を祀ったんでしょう。
気持ち悪いことは危険信号として止まって、気持ちの良い方へ行くことが自然ではないですか。神仏に手を合わせることは人間社会にとって大事なことです。便利さばかり求めてAIや人工知能の方へ行かないで、人の心を重要視するそうした社会へ行って欲しいです。


2025.11.26
つづきのような。
前に読んだ内田樹さんの文章に、「外国の記者に日本で神仏分離が起こったのはどうしてですかと問われて、直ぐには答えられなくて友人の釈徹宗さんに聞いた」とあったように思います。うろ覚えですけど。
それで釈徹宗さんと対談して本になったのがこの本だと思い読みました。しかし神仏分離とか廃仏毀釈とかのことは結局それほど詳しく書いてなかったように覚えています。
古くから全国どこでもその土地土地には氏神さんがあったと思います。大昔より地元の人は小さな祠を建てて祀っていたと思います。その後に例えば近くに大手というかメジャーな神社が来て、時の武人が必勝祈願し、大金をお供えし、財力を背景に有名になったとします。しかしこの場合でも地元の小さな祠の氏神さんは、メジャーな神社の摂社でも末社でもありませんね。
しかしそうなんですが、例えば地元の小さな祠の氏神さんはその内に掃除する人がなく、賽銭を上げる人も少なく徐々に廃れないとは限りません。ですがメジャー神社の摂社となれば文化財に指定してくれることもあるでしょう。そうするといつまでもきれいに美しくおられる。そんな場合もあるのかなと思います。


2025.11.25
つづきです。
先日、同級生に会った時に橋本の狩尾さんが綺麗になったと聞きましたので久しぶりにおまえりしてきました。
狩尾さんの急な階段を上がったところに手水鉢があります。この手水鉢は昔の記憶では駅の方から山を歩いてきて、狩尾神社に上がり始めるところに、つまりこの下にあったのでないですか。確かではありませんが。

登った上の正面に神楽殿(拝殿?)があり、その奥に本殿があります。建物は美しくなり、境内も整備されて全体にきれいです。
本殿の写真は撮らない方がいいのでありませんが、その横に「重要文化財」を示す掲示板が立っていました。
そこに「石清水八幡宮 摂社 狩尾神社 御本殿 安土桃山時代 慶長6年(1601年)」と表記してあります。この摂社という言葉をネットで調べますと、本殿に付属しとありますから、この場合ですと石清水八幡宮に付属したものになりますが、それでいいんでしょうか。
これは昔々の私の若い時に大人から聞いた話で、ですからまったく責任のない嘘かホンマか分からない、正しいか間違っているかまったく知らない話ですが、狩尾さんの方が石清水八幡宮より古いと言うんです。前からあったと言うんですね。知りませんけど。
古事記だっかた何か古い書物に狩尾さんが載っているらしいんです。石清水八幡宮は今ネットで調べると860年の創設で清和源氏の流れをくむ源義家が元服しなど出ます。一方古事記は712年に太安万侶が編纂ですから古いです。その古くからあった狩尾さんが後で出来た石清水八幡宮に付属するというのはおかしい。ところがその八幡宮の人が橋本の狩尾神社へきて賽銭箱を開けて持って帰らはる。それはおかしいんじゃないかと、これは戦前のことか戦後のことか知りませんが、地元の橋本の町の有力者数人が東京の神社本庁へ言いに行ったらしい。しかし相手は何と言っても石清水八幡宮で格が違い過ぎる。それでもう相手にも何にもしてもらわれへんかったと。こんな昔々に聞いた話を思いだします。この度の文化財指定に際してこのあたりのことはどおだったのだろうと、昔々に八幡市橋本の町に住んでいた私は思います。


2025.11.24-2
昨日23日、久しぶりに昔に住んでいました八幡市橋本の氏神さんにおまえりしてきました。
写真の正面の山の上に「狩尾(とがのお)神社」があります。橋本駅で降り山の方へ住宅の坂道を登ります。坂は急で長いです。
京阪電車で京都へ行くのに橋本の駅を過ぎて右手の住宅の向こうの先に、斜面をコンクリーとで覆われた、ちょうどプリンのような形をした山が見えます。あの上にあります。

今の狩尾さんは下の鳥居まで来てもまだ階段があります。
私の昔の10才ぐらいの記憶では駅の上の池の方から、沢伝いに山を登って行って、尾根筋もあって、そして沢の所へ出てきて、それからまた登りで、しかし今のような急な階段でなく、大きな石で土留したるような段があり、それを何度も曲がって登って行って、(昔の記憶で確かではありません)そうして上の神社に上がったように思います。
それがいつの時代かに土地の開発業者がブルトーザーで「狩尾(とがのお)神社」の周りを削り、少しでも住宅地で売れる土地の面積を増やそうと削りに削り取って、そして神社の周りの法面をコンクリートで固めて今のような形になったのではないかと思います。今の時代ではとても考えられないような開発です。


2025.11.24-1
一昨日22日(土曜)にニッペパーク(岡東中央公園)へ行きますと、昨日に載せました「物産展」と同時に、その先の市役所前の広場で「枚方市総合防災訓練」を開催していました。
枚方市危機管理部発行のビラをもらってきました。「いつ、どこで起こるか分からない、その日の備えを」です。

小さな消防車が止まり、消防署の人、市役所の人、消防団員などがテントを張って活動していました。
奥に見える黄色いテントは煙を体験する設備だと思います。


2025.11.23
昨日午後3時のニッペパーク(岡東中央公園)です。物産展をやっていました。枚方市と友好関係にある都市との交流事業でしょうか。パンフレットを貰ってくるのを忘れました。22日・23日ですから今日もやっています。

北海道の別海町と幟のあるテントではホタテを売っていました。他に天川村とか、地方ごとにテントがいくつも並んでいました。


2025.11.22
つづきです。
前にこのページの外部ライターさんから原稿を5本受け取って銀行振込しようと、書いてもらってた三井住友の店番号をパソコンで入れましたらオリーブ支店と出て一瞬ためらったことがあります。
普通は枚方支店とか梅田支店とかですがオリーブ支店とは何のことかと思いました。しかしそれで振込出来ましたからその店番で間違いでなかったんです。
その後に日経新聞にこの三井住友のオリーブ口座が伸びている記事がありました。若い人向けにコンサートのチケットが買いやすいとか、何かそうした利点があるようでした。以来、オリーブに関する新聞記事を読むようになりました。三井住友は上手くやったと思います。一方、三菱UFJのエムネットはどうなんでしょう。
それにやっぱし私は吉高由里子の方が木村拓哉や石原さとみよりいいです。それで枚方市駅前の三井住友銀行さんの横の歩道で立ち止まってこの画面を見ています。別に三菱UFJさんのエムネットは敗けたと言っているのではありません。


2025.11.21
つづきのような。
写真は三菱UFJの新サービスブランド「エムネット」をネット画面から引っぱってきたものです。
前にテレビでこの木村拓哉と石原さとみが出る三菱UFJのCMを見たことがあります。しかしもう一つこの「エムネット」はよく分からなかったのが実感です。ですから三菱UFJはこの金融サービス「エムネット」でどのような未来社会を構想すると言いたいのか分からないです。それで昨日に載せました三井住友の「オリーブ」とつい比較して考えます。別に吉高由里子の方がいいと言いたいのではないんです。
私は若い時から質屋をしてきて、電気製品でもナショナルやソニーは良いメーカーでした。他のシャープやサンヨーの製品は安かったですがナショナルやソニーは高かったです。そのナショナル(現パナソニック)でも社員の削減を言っていますし、またソニーは株価が高いですが会社が稼いでいるのは電気製品ではなくて、エンターテインメント(映画配信など)なんですね。もう今は旧来の考えが通用しない社会です。ですから新聞を読んでいてもこれからこの社会がどこへ行くのか分からないと思うことがあります。
そしてそれはきっとだれにも分からないんです。その分からないまま三菱UFJは現在の人間に「エムネット」を渡し、三井住友は20世紀初頭の人間に「オリーブ」を渡したことにするんです。「オリーブ」のCMはよくできていると思います。


2025.11.20
枚方市駅前の三井住友銀行の壁面にディスプレイがあり映像が流れています。
三井住友銀行の金融サービス「Olive(オリーブ)」の短編物語です。直ぐに次の作に切り替わりますので前の歩道に立ち止まって見ています。女優の吉高由里子が出ています。
物語の背景は20世紀初頭のロンドンのシティーかニューヨークのウオール街か。魅力的な女性と賢い青年が出てきて、これから資本主義が発展して社会は良い方向へ向かう。・・そして「Olive(オリーブ)カード」です。この作は上手いです。これから未来がどうなるか分からない者が多い世の中で、これは一つの解です。現実にこうして今の社会が来たと思いたいことは確かですし。


2025.11.19
岡東町1番の市道です。お向かいの塀際の枯葉をどけましたら道のアスファルトから茎が出て生えていました。写真の左に緑の葉と赤い花が見えますが同じ植物です。しかしここは市道ですから市の領分ですね。


2025.11.18
つづきです。
関大外大の校門のところです。山田池公園から歩いてきて時刻はちょうど6時です。もう校門にはだれもいません。
昔ここは小松製作所でした。そしてこの前の中宮の土地に質屋が2軒あり、どちらもよくはやっていました。今は1軒です。
1970年の吹田の万博後の経済成長期に、会社員が買ったナショナル、ソニー、三洋、シャープ、東芝、日立などの電気製品が質預けになり、その流れ品が京都の古物市場に出ていました。私の若い時です。京都市内の質屋より量が多かったです。それだけの商品(新型電気製品など)が給料で購入され、その中の一部が質に入ったのですからこの町の労働者には力があったんです。
いまは中宮の土地は学生向けのマンションが多く建ち、賃貸屋さんに明りがついて部屋の大きさや家賃・敷金・共益費を書いた紙が貼りだしてあります。そんなことで中宮の町に関心がありバスに乗らずに歩いてきたようなことですが、住宅地で大きな笑い声がして一画が明るいので近づいていきました。そうしましたら若い女子2人がマンションまで送ってくれた車の人に礼をいっているのでした。


2025.11.17-2
昨日(日曜)午後2時30分からバスで山田池公園へ行ってきました。
京阪の高架下で市駅発長尾行きのバスに乗り、途中の関西外大の校門のところは大変な人でした。外大前から乗ってきて私の横に座った女子に今日は何かあったのと聞くと入試と言うので、11月なのにと聞くと推薦入試と言いました。試験が終わって長尾の方へ帰るのでしょう。大学の様子を車窓から1枚写真に撮っとけばよかったです。
出屋敷で降り、公園に入り少し歩いてこの写真は森の木々の緑が山田池の水面に映ってるところです。手前の岸辺は落ち葉がすごいです。

昨日は天気が良く温かいので、公園は多くの人でした。ランニングしている人など、山田池公園に何度か行っていますが今までで一番多かったです。
写真は午後4時30分、山田池公園の大木の上半分に夕日が当たっています。この後の落日のテンポは早いです。夕日が沈むともうすぐに暗くなります。
公園を出てバスに乗ったらよかったのですが、なぜか帰りは歩いたんです。遠かったです。それも途中でいくらでもバスが通りますのでバス停で乗ったらよかったんですが。


2025.11.17-1
つづきです。
肝心の介助犬が写ってないですが、こんな感じでした。

もらいました説明書(しおり)です。どちらもB4の二つ折り4ページで上手に説明してあります。
全国で活動している介助犬は60頭らしいです。そして~なぜ寄付や募金が必要なの?~
「介助犬1頭が認定された際に、行政から育成事業者に支払われる委託金は約150万円です。しかし1頭の育成、認定、実働、引退のあいだに育成事業者にかかる費用は、その金額をはるかに越えています。また、訓練を行った犬の全てが介助犬にはなれませんので、1頭の介助犬を育成するためには何頭分もの費用が必要になります」。


2025.11.16
昨夕4時40分 T-SITE 前の歩道で「介助犬の育成を支えるボランティアさん募集」の活動をしていました。

中央に「介助犬育成」の募金箱が置いてあり、私も少額入れて、ここをスマホで撮ってもいいですかと聞きました。OKでした。
敷物の上にいる犬(ラブラドル・レトリバー)は2才でまだ研修中らしいです。
左の敷物にいた白い方は7才で介助犬です。写真を撮った時に連れられて左の前の方にいたので写っていません。

大阪介助犬協会の活動説明書(しおり)をもらってきました。帰ってから読んでよく分かりました。ありがとうございます。ご苦労さまです。


2025.11.15
2025.11.14-1 のつづきのような。
写真がないのでネットからカワセミの写真を引っぱってきました。私は羽を広げて飛んでいくのを上から見ました。それは綺麗でした。
かささぎ橋を歩いて、よく途中で欄干から覗き込むようにして下の天野川を見ます。水中に大きな鯉が見えることがあります。
前の文章に時間を書きましたのは、昔どこかでガイドさんが何時何分になったらあの木にめずらしい鳥が来ますので、注意しておいてくださいと話したのを覚えていて、カワセミがあの時間にかささぎ橋の橋脚に決まって来るんじゃないかと。そう考えると大きな望遠レンズを持った人が、あそこにあの時間にいたのも説明がつきます。


2025.11.14-2
昨日の日経新聞の朝刊と夕刊の1面です。
記事の何がどうということではないんです。しかし社会全般の動きが不可解というか、自分に分からなくて不安感があります。
記事はオープンAIに対抗するとか、AI研究の権威ルカン氏、メタ退社意向とか、チャットGPTと三菱UFJが銀行アプリで連携するとか、トヨタ、米に1、5兆円投資とか、ニューヨークダウが最高値とかです。市場経済の社会が激しく動いています。日経新聞だからではなく、朝日でも毎日でも紙面をボーっと見ていて私には社会全体にぐちゃぐちゃ感があります。どうなるんやろう。どこへ行くんやろう。それに政治も怖いことです。私は警告音が鳴っているような気がします。


2025.11.14-1
昨夕散歩の途中、たまたま鵲橋から天野川を覗き込んだ瞬間、カワセミが上流へ飛んで行きました。カワセミは翡翠とも書くようにそれは綺麗なヒスイ色というかエメラルド色というか背中をしていました。
それから京都の方へ30mほど歩いて、しかし綺麗かったなと思い、先ほどの所まで引っ返してきて今日のネタに撮ったのがこの写真です。カワセミは写っていませんけど。
この写真の時刻が4時45分ですから、カワセミが実際にこの下の橋脚の辺りから飛んだのは4時40分ごろです。左に写っています岸のコンクリートの所に大きな望遠レンズを構えていた人がいました。この人はきっと上手く撮れたでしょう。


2025.11.13
内田樹さんのXをよく見にいきます。先の高市総理の国会での「台湾有事答弁」は本当に政府見解に基づいた答弁だろうかと、辻元清美さんがXしたんですね。
それを江川紹子さんがリツイートしたのをまた内田樹さんがリツイートして上がっているんです。いろいろな問題のいろいろなコメントがパソコンでスクロールすると下まで続いています。Xは昇順ですか、つまり上へ積んでいくんですね。そうしますと上がりつつ新しい考えが深まる理屈ですが、そうなるでしょうか。
こんなことを考えますのも前に研究者の知人が本を出しまして一冊いただきました。「生きるとは深さを知ること」。それで読んで深さという方法について考えるんですが、私の頭の回路では上へ、先へ、右へ、左へ、広くへで、深い方へはなかなか行かないんです。深く眠ることはできるんですが、深く考えることができないんですね。例えばこのXですがリツイートを重ねていったら考えが深くなるでしょうか。その作業は他にグループ化のような、政治的な行為になるんじゃないかと。深さを知ることは難しいです。


2025.11.12
2024.06.05 と 2024.07.19 と 2024.07.30 と 2024.07.31 と 2024.08.13 と 2024.08.24 と 2024.09.03-2 と 2024.09.11 と 2024.10.08 と 2025.04.08 と 2025.04.10 と 2025.09.23 と 2025.09.25 と 2025.09.27 と2025.10.17 と 2025.10.29-2 のつづきです。
写真は2025.10.29-2 にも載せました事故現場の再現です。このグレーチングを踏んだ左足が事故の起点です。あの時は左足がつるーと後ろへ払われるように滑って身体が前へ倒れ、突っ込んで行って顔から落ちたんです。どうしてこんなことになったのかと思いますが、先ずこの写真の左足の靴が滑ったことが起点なのは違いありません。(落ちた頭部の位置が分かるように水色の紙袋を置きました)

事故のあと靴底の滑りを試験したのが 2024.07.30 のこの写真です。他の靴に較べて、アサヒシューズの靴底のゴムは水に濡れたグレーチングの上でよく滑ります。こんなに滑るのかと思うほど滑ります。
それでアサヒシューズの会社にこの写真をメールしました。その会社の返答を前に載せています。

2025.09.23 と同じ写真です。新しくヨネックスの靴を買いましたので履き比べて滑りの試験をしているところです。
アサヒシューズのメディカルウォークは水に濡れたグレーチングの上でよく滑ります。一方のヨネックスは少しは引っかかりがあります。それでアサヒシューズの会社に再びこの写真をメールしました。その会社の返答ものせています。
会社は自社の試験では合格している。靴底に求められる機能は多岐にわたり、その商品のコンセプトに合うものを選んでいる、です。前回同様に糠に釘、暖簾に腕押しです。そして手紙の最後に、「橋本様の探求心には敬服しており」と書いてあります。バカにしとんねん。こちらはえらい目に会うてんねん。
しかし事故の後も問題のアサヒの靴を履いていました。それは普通に歩く分にはしっかりしていますから。ただ雨の日は注意して、滑らないように気をつけてグレーチングは踏まないで跨いで歩いていました。
アサヒの会社は手紙に「探求心には敬服しており」と書きますが、もしもアサヒの会社が近くにあったら、今度はアサヒの社員の意識を調査して探求してやろうか。会社の近くにビデオカメラを設置して、社員が雨の日に通勤するのに溝のグレーチングを踏むか跨ぐかを記録する。そして会社に乗り込んで行って、お前ところの社員は晴れの日はグレーチングを踏んどるが、雨の日には跨ぎよる。その記録のビデオがあるねん。お前らみんなアサヒの靴が雨の日はグレーチングで滑るのを知ってて売ってんねんやないか。それで会社としてええんか!。この落とし前はどうつけてくれんねん!。たんたんたんたん!と啖呵切って。そしたら腹が立つのが少しは収まるやろか。いやしかし、アサヒから来た手紙の住所を改めて見ますと、会社の所在地は福岡県久留米市になっています。そうしますと向こうの方が啖呵が上手かもしれませんね。


2025.11.11
昨日から急に肌寒くなりました。去年の今ごろ、SEさんと当店の「質屋の風景」のアマゾン無料版の打ち合わせをしていたのでした。
写真は去年最初に試作した表紙です。これまでの「暖簾に〇質」の絵の上に、エイトマンの左向きの絵を未来志向に右向きに変えて入れました。しかしエイトマンの版権のことが気になり途中で取りやめて表紙は「暖簾に〇質」の絵だけにしました。
無料版はアマゾン会員が1ページめくる度に0.5円の印税が入ってくる計算ですが、あまり読む人がないからかほとんど入ってきません。印税で旅行どころか王将で餃子も無理です。そんな美味い話はありませんね。


2025.11.10-2
2025.11.09 のつづきのような。
交野市の中学校の廃校のグラウンドを見て、あの時に自分はなにを思ったのか、それが気になっています。始めて見る中学校でした。広いグラウンドでした。遠くに交野の山が見えて、一帯は山側からゆるい下りで開けた土地でした。しかし人は一人もいません。少し離れて京阪の線路も、また遠くにはJRの線路もあるはずです。きっと第二京阪のコンクリートの橋脚も見えたでしょう。歩いてきて最初フェンス越しにグラウンドを見ていて、もしかしたら廃校かもしれないと気がついて、その時に何か思って、それを思い出そうと考えるのですが分からないです。


2025.11.10
昨日は岡東町の2ヵ月に1度の資源回収の日でした。写真のように当店の軒下もその集積場所の一つで、昨日はあいにくの雨でしたがアルミ缶は濡れてもいいので左に出ています。
このごろ通販が多く箱に入って配達されますので、ダンボールが多く出ますが、引き取り値が安くほとんどお金にならないらしいです。担当している人が一番欲しいのはアルミ缶らしいです。


2025.11.09
昨日天気がいいので昼から私市の方へ行きました。
しかし終点の私市駅から今日は山を登るのでなく平地を歩いてみようと交野市駅の方へ行きました。
遠くに京阪電車の影を見ながら旧村道を歩きました。そうしますと広いグラウンドが見えて閉じた学校のようです。フェンスに沿って行きますと交野市立第一中学校とありました。道から見える校舎の壁に「78年間ありがとう」と書いてあり、今年に閉校になったようです。校門の近くには4階建てと3階建てのコンクリーの校舎があり立派な中学校だったようです。統廃合になったんでしょうか。右の方を向くと遠くに交野の山が見え、広いグラウンドの所どころに草が生え、ちょっと何かを感じます。
そこから交野市駅の方へ旧村の中の道を歩いて行くと、写真の丸く刈った木がありました。その木を撮ったんですが、本当は先ほどの廃校のグラウンドのあの寂しさを撮らないかんかったんです。しかしもう暗くなってきますし、引き返さないで交野市の方へ歩き駅前の王将で食べて京阪で帰ってきました。


2025.11.08
昨日の毎日新聞朝刊18面です。
維新が自民との連立について主張する、「国会議員の定数削減」は、大阪府議会での成功体験があるからと見出しにあります。
大阪府議会の2011年と2023年の党派別議席数のグラフが載っています。今は維新の1強なんですね。それはこれではまともに府議会としての議論が成り立たないです。
立憲民主党の大阪府議会(枚方市)山田健太議員は自信のXで「維新は府議会の1人区を約7割まで高め、少数会派を議会から締め出した」と投稿したと記事にあります。その山田議員の批判は当然です。
昨日も載せました枚方市の新しい市役所庁舎をどこに建てるかの議論も、枚方市議会は比較的に党派別の会派がばらけていて、それで議論になって、市民である私は地図の上で新庁舎をいろいろ動かして楽しんでいるんです。内田樹さんも言っているように、民主主義は簡単に決まらない方がいいんです。
私は国会議員の定数についも、削減するのでなく、逆に比例区の議員数を増やすべきだと思っています。その方が国民の意思が国会に反映して、少しでも国会と国民が近づくんです。維新が言う「身を切る改革」って、何を言っているのかと思います。議員さん一人に必要なお金なんて、出したらいいではないですか。それは民主主義社会を維持する必要経費です。


2025.11.07
2025.11.05 のつづきのような。
新しい枚方市の市庁舎をどこに建てるかの問題ですが、市民が考えるのは自由ですし、私は地図の上で動かして楽しんでやっています。
これが企業の土地建物ですと、他人の土地に他人の金で建築するのをとやかく言うのは許されないでしょうが、市民がどんな市庁舎をどこに建てるのがいいかを考えるのは問題ないはずです。

内田樹さんのXです。前にコピーしときました。
作家の町田康さんが雑誌に書いた「新宿に大仏を建立」の記事に、内田樹さんが前に言った「うめきた大仏」と同じ発想だと釈徹宗さんがXしました。そのリツイートです。
それで枚方市駅前のこの4街区にどんな施設がいいかですが、普通は市役所は楽しいところでなく、また面白いところでもなく、癒されるところでもありません。ですから特に行きたいと思うところではありません。
しかしここは駅に近い便利なところですから、ここでしか出来ない、他にもっと有意義な行きたい使いたいと思うような施設を造ったらどうでしょう。それを考えるのに今の若い人はどんな希望があるのか、例えば枚方市の中学校や高校で、生徒に作文を書かすのも方法だと思います。
いま市議会でやっています議論は言ってみましたら、市議会議員の先生、市役所の職員、そうした現にそこで働いている人達の、俺がわてがの既得権益のような面がありますが、そうではなくて今の若い僕たちは、あるいは私たちはこんな希望があります。我が町に自分はこんな夢を描きますと、その絵を書かせてみたらどうでしょう。


2025.11.06-2
昨夜のNHKクロ現のテレビ画面です。
「アメリカ激動。NYで反トランプ旋風」。ニューヨーク市長選挙でマムダニ氏が当選を解説しています。
識者が「あるシステムを壊そうとするときに、シナリオどおりになんかいかないわけですから」と言いました。トランプのような滅茶苦茶な人が出てきても、それに反対する人もまた出てきます。それがアメリカの底力だ、民主主義だとそう思いたいです。


2025.11.06-1
つづきのような。
中央公園(ニッペパーク)で菊花展をやっています。
この写真は3日の午後4時ごろに撮ったものですが、何日までだったか知りませんがまだやっています。

中央公園のステージのところです。今は菊花展でステージに展示品がありますが、普段は空いています。ふれあい通りを歩くと、よく右の屋根から外れた場所で、中学か高校の若い数人が踊りの振りをしていることがあります。短い、タンタンタン、タンタン、ぐらいの簡単な振りです。
その時に、ステージ中央は空いているのですから、真ん中でやったらいいのですが、そこまでの自信はないんでしょう。しかしふれあい通りを歩いている人の眼は意識に入っていると思います。こういう若い人と市民の関係は街にとって良いことですね。上質と言うか。それで今度通って見かけたら、若い子に近づいて行って、ステージの真ん中で練習したら、と言ってやろうか。


2025.11.05
つづきのような。
写真は前に各戸に配布のあった枚方市の住宅地図です。その地図を折って、枚方市駅の位置を0cmにして物差しを当ててみました。
およそ10cmのところが今の市役所庁舎の位置です。北河内府民センターは約20cmです。朝日丘町2番の枚方市土木部中部別館は約30cmの位置です。
この地図を見ていて気が付いたのですが、18cmの位置に枚方消防署があります。それが今度中宮の小学校の跡地に行くんですか。そうしますと空地になりますね。ここへ新しい市役所庁舎を建てる考えはどうですか。ここなら市の土地でしょうから建築費だけですみますし。
地図で見る消防署の敷地は今の市役所庁舎の敷地より小さいですが、地図の今の庁舎に物差しを当てますと、約2cm×5cm ( 5.5cmですがつなぎが部が0.5cm)で約10㎠ です。一方、消防本部の敷地は1cm×3cmで約3㎠ です。ですから敷地は約3割として、今の庁舎は本館が4階建てで別館が6階です。そうしますと仮にです、消防署跡地に18階建ての庁舎を建てたとしたら、今の庁舎の床面積におおよそなりますね。こんな計算成り立つかなぁ。もし成り立ったら、この新庁舎はサンシャインロードに面して高くて細くて恰好いいやん。


2025.11.04-2
2025.11.03 のつづきのような。
5街区の府営事務所が閉じたままで、そこに新しい市の庁舎を建てる計画案があり、対して今までの庁舎の位置に建て替える方が良いとする反対意見があります。
そしてそれを議論している市議会議場は今の市役所庁舎の上階にあり、同じ階には議員控室もあります。ですからこの全員協議会の新聞記事も言ってみましたら自分たちの職場がどこが良いかを議論しているようなものです。また市役所職員も同じようなことでしょう。毎日その庁舎に通勤して働いているのですから。
そんなことを考えますのも府営事務所のことですが、私は昭和の終わりに枚方市に来まして、以来個人事業税を払い続けてきました。しかしあの府営事務所の中には一度も入ったことがありません。そうしましたら大阪府民の私にとって別に府営事務所は大垣内町になくても釈尊寺でも氷室でもいいんです。どうせ行かないんですから。

それで問題の市役所のことですが、市役所庁舎に行くかと言いますと、行ったことはありますが、年間通じて1度も行かない年の方が多いです。本館と別館が上で繋がっているふれあい通りはよく歩きますが、庁舎に入ることはまずありません。こんな近くに住んでいますが。どうせ庁舎へは入らないわけですから市民にとって別に少し離れた所でも支障はないんです。
それに市役所庁舎はそんな立派な建物は要らないです。市民はですよ。議論をしている議員さんは、あるいは働いている市職員さんは大きな立派な庁舎に入りたいと思うのかも知りませんが、市民は別に望んでないんです。私はそう思います。どうせめったに行かないんですから。


2025.11.04-1
2025.11.02-2 と同じ岡東公園のフェンスの外の法面の柿を撮った写真です。これはフェンスの上にレンズを向けて撮ったと思います。


2025.11.03
先月末にポストに入りました「広報 ひらかた 11月号」です。
左は中に挟んでありました、「枚方市議会報 359号」の裏面の 4 ページ、「全員協議会を開催」の記事です。枚方市駅周辺再整備に係る取組状況に関して、10議員の質問と答弁が載っています。
以前は「広報枚方」がポストに入っても、本誌はめくることがあっても、挟んである「枚方市議会報」は開くことがなかったです。しかし枚方市駅周辺再整備は近くで関心がありますので、つい「質問と答弁」の記事を読みました。


2025.11.02-2
同じく岡東公園の前です。大きな石のあいだにつわぶきがほごっています。

岡東公園の上にあがると親子ずれが2組いて、他にブランコをしている子がいて、また他に高校生男女がいました。
グラウンド端の法面に植わる樹々の葉っぱが美しく、フェンスの網の間から撮った中に柿の実が写っています。


2025.11.02
今朝は7時30分から岡東公園の掃除の日でした。私は腰痛ということで今日の掃除は休ませてもらいました。
しかし今月のページのネタがありませんので、先ほど11時ごろに公園へ行って撮ってきました。階段のところは落ち葉が掃かれ綺麗になっていました。
写真はプランタンのコキアです。赤くなっています。同じに撮りました画像の一部をトリミングして今月の上の額に使いました。


2025.11.01
今朝、塀にとまっていました蜂です。
じっとして、このまま動かなかったです。昔商売で月の終わりは節季(節期)と言いました。月末、月初、そこで節が分かれるんです。