2018.11.17
近くの百濟王神社の境内です。10日ほど前に登って撮りました。
9月4日の台風21号で木が折れていると聞いていましたが境内は片付けられていて、写真のように地面いっぱいにドングリが落ちていました。

ドングリが落ちていて棒きれで線を引ける地面があり周りの家と離れている神社の境内は、私の時代感覚では子供にとっていい遊び場だと思いますが、ここで子供の姿を見かけたことがありません。それはこの土地が大きな木に覆われていて暗く寂しくなんとなく子供には怖いからでしょうか。


2018.11.16
近くのお宅の皇帝ダリアです。
いまピンクの花が満開です。
前の道に立ち止まって見上げていると、歩いてきた人が、なにを見ているのかと同じ方向を見て思わず、おぉーといいます。
予期しない高みにキレイな大輪がいくつも咲いていて誰しも感動します。道から撮らせてもらいました。


2018.11.15
緑の木は橋本質店のガレージの丸葉柊です。
いま白い小さな花をつけています。
右の木は花水木です。
上の方の枝はほとんど葉を落とし、下の枝は紅葉した葉をまだ少し付けています。
昼の12時30分、陽は写真の左から差しています。


2018.11.14
11日(日曜)に橋本質店の花壇のところに集まった資源回収品です。
岡東老人クラブ主催の資源回収は隔月ですが、今月は前回の9月よりは量が多かったです。それでも昔より古新聞が少なく、新聞の購読手続きに来た毎日新聞の人に、資源回収に出てくる古新聞が減っていますが、それほど販売が落ち込んでいるのですかと聞きますと、出る古新聞が少ないのは一つには自分達(配達所)もこのごろ古新聞を回収しているからかも知れませんとのことでした。配達する新聞屋さんが最近は回収する方もしてしているのです。


2018.11.12
10日ほど前に回覧がありました、秋祭りと区民体育祭の反省会のご案内です。
2018.10.23 に載せましたように「秋祭りの御礼」の回覧がきて壁に貼ってあった「御礼」の紙をはがし、これで秋祭りの行事は一応完でしょうかと書きましたが、正しくはこの「秋祭り収支報告」の議題の反省会が終わって完でした。
  
案内のとおり11月10日(土曜)午後7時に岡会館へ行き反省会及び懇親会に出席しました。その反省会の記事をここに書くつもりで会場で写真も撮ったのですが、それがみょうなことに議題の「秋祭り収支報告」がなかったのです。

この町の風景には、この町の清く正しく美しい風景を載せようと心がけていますので、おかしなことを書くのは避けたいのですが、やはりみょうですので書きます。
例年は反省会の会場に行きますと、テーブルに「秋祭り収支報告書」が置いてあります。しかし今年はテーブルには寿司と缶ビールとお茶が置いてあるだけで書類はありませんし、入口でも貰いませんでした。イスの近くの人に収支報告書はないのですかと聞きますと、今年はあとで口頭で報告するのでないかとの予想でした。

反省会は会長さんの御礼の挨拶で始まり、青年会長さんの秋祭り無事終了の感謝の言葉があり、老人会長さんの乾杯の音頭があり、皆で乾杯してビールを飲んで寿司を食べました。そのあと会長さんと副会長さんの「兄弟船」のデュエットのカラオケがあり、いつのまにか懇親会に移っていて会は大いに盛り上がり、そして中締めで終わりました。しかし最後まで「秋祭り収支報告」はありませんでした。・・この点についてもう一度反省会をしますか。


2018.11.11
昨日の、みどりさんの「みどり新聞」のつづきです。
左はP3で上段は新入職員紹介です。
下は食習慣・生活習慣で気をつけたい事の記事です。おやつも大切(間食のすすめ)と書いてあります。
右は裏面にあたるP4です。高齢者サポートセンターみどりさんのこれからの予定や、事務所の地図や電話番号、スタッフの案内などです。


2018.11.10
高齢者サポートセンターみどりさんの「みどり新聞」、平成30年秋号(32号)です。みどりさんは2017.12.06~08 と 2018.02.18 にも載せさせてもらいました。これは10日ほど前に回ってきた回覧板にはさんであったものです。コピーしておきました。

載せるのに左の表紙にあたるP1の「自立支援地域ケア会議の開催にむけて」を3回読みました。上段は包括みどりさんの介護保険サービスの業務の紹介です。下段は(これが少し分からないのですが)、サービス事業者への会議参加の呼びかけでしょうか。そうしますと町内の回覧にはさんであったこの新聞の宛先は地域住民と、並びにサービス事業者ですか?。いやそおでなく単に第8圏域事業所の内容を書いておられるのでしょうか。そこがちょっと分かりませんでした。右はP2でみどりさんの活動報告です。


2018.11.09
「まちかどアート巡り」のパンフレットです。
A4版、見開き、4ページです。4日朝の公園の掃除のときに橘内会長さんが配られました。展示してあるアートは私には分かりませんが、このパンフレットの出来が良いのは分かります。次のようにイベントの主旨が書いてあります。
・・京街道枚方宿の東見附界隈(新町1丁目)の街並みにアート空間を出現させるイベントです。・・休日にぶらりと歩いて味わってほしい。そんな願いをこめて、枚方ゆかりの作家による・・作品に誘われながら、新たな街の魅力を再発見してみませんか?

 公園の掃除が終わってすぐに婦人数人がパンフレットを見て新町に見学に行きました。催しは10時からですからまだ早くて入れなかったところもあったようです。京街道のアート作品は見たようです。私は昼から行きました。


2018.11.08
新町の「まちかどアート巡り」のつづきです。
新町は岡東町からすると線路の反対側になり私は普段あまり行かないのでよく知りませんでした。同じ線路の向こう側でも岡本町や三矢町の店は知っていて、町に馴染みがあり街道筋をよく歩きます。新町の街道筋はこの道を通ってどこへ行くことがないので、近くに住んでいても馴染みがありません。パンフレットをもらい歩いてみますと静かな良い通りでした。

考えるてみますと秋祭りの神輿もこの新町の街道筋をなぜか巡行しません。秋祭りの神輿を出しているのは岡東町、岡本町、三矢町、新町の4町ですが、岡東町の神輿について街道を枚方公園の鍵屋まで行きますが、反対の新町(東見附)の方へは私の知っている限り行ったことがありません。

アート巡り催しのパンフレットをもらいぶらり歩いて、アートのことは私には何も分かりませんが、こうした催しをしていたらその内に町に魅力がつくことは分かります。「まちかどアート巡り」のパンフレットを見ると、主催者は枚方市、京阪ホールディングス株式会社、枚方T-SITE となっています。


2018.11.06
岡東公園の掃除のときにもらいました「ひらかた まちかどアート巡り」に4日の午後に行ってきました。
写真は新町の消防組合庁舎の裏の塀に展示したアートです。
道をこの先行くと京街道 枚方宿「東見附」です。手前へ戻ると枚方市駅です。
街道筋の塀や家の前などに絵が展示してあり、イベントの関係者がところどころに立って案内していました。アートはパンフレットによりますと、枚方ゆかりの作家による出展です。


2018.11.05-2
こうしてホームページに文章を書いていますと、町内の人にときどき「ブログを書いたはるんですね」と言われることがあります。また「自分はインターネットせんから知らんけど橋本さんが書いたはると他から聞いた」と言われる人もあります。それで時に ドキッ!とすることがあります。何か記事がいかんかったんやろか?写真がまずかったんやろか?

「それでいいのか ・・!」・・

これは文章にしたけどブログには載せへんかったんや!そうや!。そしたらいかんのはあの記事かいな?いやあの写真かいな??

落語の「質屋蔵」にこんな噺があります。大工の熊五郎が、出入りする質屋の旦那さんが呼んだはると聞いて、何の用やろ??・・、いや、あれやろか。酒樽くすねたこと。ばれてたんや。知られてたんや。怒られる前に先に謝ったら堪忍してもらえるかも知れん。

いや、だんさんすんまへん!酒樽を、つい出来心で・・。 なんやおかしいとおもてたら、おまはんがやったんかいな。いや話しはそれと違ごて、今日呼んだのは他でもない・・。 いや、そしたら沢庵樽?。 あれもおまはんか。どんならんな。けどそれとも違ごて・・。 そしたら味噌樽? どこまでいくねんな。質屋の三番蔵に幽霊が・・の噺です。
自分のページに毎日こうして町内のことを書いていますと、町内の人に「書いたはるんですね」と言われると、熊五郎のように何かくすねた憶えはありませんが、何かその人にいかんこと、都合の悪いことを書いてしもたんやないか。あれかいなこれかいなと、考える事由はなんぼでもあります。


2018.11.05-1
昨日、4日(日曜)は朝8時から岡東公園の掃除をしました。
枯葉を集めてナイロン袋に入れました。そのあと温かい缶コーヒーをもらい、橘内会長さんから連絡事項を聞き「ひらかたまちかどアート巡り」のパンフレットをもらいました。
帰りぎわに公園の下にくると自治会副会長の井上さんが、出ているごみ袋の中に枯葉や草以外の出せない物が入ってないか確認しておられるところでした。了解を得て一枚撮らしてもらいました。


2018.11.04
フリージャーナリストの安田純平さんの会見のテレビです。
内戦下のシリア入国後に過激派組織に拘束されていた安田さんが帰国後に記者会見され経緯を説明されました。
批判もありますけれど、知らないところを知ろう、分からないところを世間に知らそうとする人の行為は真っ当なことです。人に出来ないことを、あるいはこの人にしか出来ないことをしょうとされたのです。いろいろな人の中にこうした人がいる方がいいです。


2018.11.03
今日は文化の日ですから、ふさわしい話題を。
昔に習った先生は藤沢周平の時代小説が大変お好きで、その中に描かれている賭場に興味をもたれて、実際の賭場がどのようなものかどうしても見たくなり警察に教えてもらって行かれた話しです。

これは他所で言うたらあかんで、と念を押されてのことでしたから、書いたらもっといかんのですが、先生も既に鬼籍に入られて久しいですし、思い出して書くことは先生の供養にもなると思いますので書きます。
私がお聞きした時、先生は既に新聞社の論説委員を定年で辞められて大学で教えられていました。昔の記者の時代に記事の取材のためでなく、ただ賭場の様子がどうしても見たくて知り合いの警察に頼んで見学に行かれました。
警察から聞いた場所に行くと入口に大男が立っていて、何か言うと(〇〇新聞ですと言われたのか、警察から聞いてきたと言われたのか、それは聞いていません)、とにかく話しが通っていて中へ入れてくれた。そうするとノート(小学1年生が使うような升目の大きな)一冊と5Bの鉛筆1本をくれた。
それで見ていて壺のサイコロの目が丁ならノートの升目に〇、半なら×と書いていき。そのうちに、次はどちらの目が出るか自分で予想して遊びと、こう賭場の人が教えてくれた。それで自分は〇×〇×ときたから次は〇と予想したらこれが×やった。・・こんなお話でいた。


2018.11.02
2018.10.31 のつづきです。昔の町の風景の中には、土地によって「賭場」というものがあったと思います。
総長賭博のような大層なものでなく、しもた屋の奥でちょっとした丁半博奕をするようなところが。負けが込んで取立にあった者が警察に投書をする。あそこでやっていると。近所に聞き込みが入って内偵がすすむ。あるいはあそこの息子がこのごろ出入りしていると噂が立つ。昔の宿場町にはそうした町の風景があったんじゃないでしょうか。
 
そうしたことを知っている最後の世代がまだ町には健在かも知れない。今に取材すれば記録に残せるのではないか。そんな賭場や博奕の歴史は時の市長が発刊に際してを書くような『郷土 枚方の歴史』や 『枚方市史』全12巻には載ってないが、このページになら過去の市井の雑事として書けるかもしれない。そんなことを考えます。もちろんその記事が回り回って今の人に迷惑を掛けたらいけないので難しいところはありますけれど。


2018.11.01
昨日ご近所からいただいた柿です。
裏のお庭に柿の木があり毎年いただきます。
柿の木に肥料などの手入れをしておられませんので太陽の光と雨の水と土の養分だけで実った天然自然の柿です。
今年はもうひとつのできらしいです。
毎年は自然の味でおいしいです。