2018.05.29
上は枚方市の玄関口、市駅南口のロータリの中央の花壇です。花が綺麗に咲きそろっています。
いつも花を綺麗に咲かしておくには絶えず手入れが必要です。先日もロータリーの中で手入れされている人を見ました。業者に委託しているのでしょう。
他方、大きな会社の花壇に雑草が伸びていてがっかりすることがあります。それは会社が外構に気を使っていないからでしょうか。企業イメージが悪くなり会社にとっては損だとおもいます。

下は橋本質店の玄関のプランターに咲くパンジーです。
もう花の時期が終わり伸びて倒れています。これならない方がいいのでこの写真を撮った後片付けました。
これは自虐ネタになりますが、当店も昔はこんなでなかったです。
店の前の花にはもっと手を掛けていましたし、毎朝店の前を掃き掃除していました。また店の扉やカウンターも雑巾掛けしていました。
それが週2回になり月2回になり、今は特に目について気になればすることになっています。


2018.05.28
5月13日(日曜)は岡東町の2ヶ月に一度の資源回収の日でした。
(今回撮るのを忘れましたので写真は前回の3月11日のものを使っています。)今月は雨降りの一日で、集まった古新聞などはほとんど軒下に積んで収まりましたが一部雨に濡れる物もありました。回収作業をしている人は、トラックに積み込むのに今日は重いと言っていました。しかし昔に較べて古新聞の量が少なくなりました。

毎夜3時半に新聞配達のバイクの音がきこえます。昔から新聞屋さんは夜の明けない暗い内から配達していますが、今の時代に、人が寝ている深夜に配達しなくても午前10時ぐらいに配達したらどうでしょう。そうしたら主婦やいろいろな人に配ってもらえます。新聞を取る家が減り、発行部数が減り、配達所が疲弊し、配達人がしんどい思いをして、全体におかしいです。朝刊は朝に印刷するから朝刊と言うので、朝の7時に読みたい人は自分が配達所へ買いに行ったらいい、ではいかんのでしょうか。

昔に公団住宅に新聞配達をしている人を知っていました。夕刊は下のポストに入れるが朝刊は団地の5階まで入れに上がる。一棟に3回も上がったり下りたりして、やったら人生観変わるでと言っていました。時代は進んでいるのに、いつまでも暗い内から新聞配達をして、おかしいと思うのです。私は朝刊が午前10時に入ってもいいですよ。


2018.05.25
また前に載せました川原町の写真です。
これは入口にある川原町商店街エリアマップです。川原町のことをまだしつこく考えています。エリアマップのように、この土地にこれだけのお店があります。お店、住宅、しもた屋、アパート、マンションが混在しています。
ここを思い切って区画整理というか、お店に動いてもらって、一方に寄って集まってもらったらどうでしょうかね。そしたら空いた方の土地に学生寮を建てるとか、しもた屋を改装して手作り品を売るブティツクにするとか、ライブハウスもいいですね。
下宿先が近いから、外大女子が夜は近くのお店にでています。先生またいらっしてね!なんて。・・そんなんは駄目かな。
いや、ともかくです、隣の川原町が可哀相な気がするんです。確かに「この町の風景」の主たる風景は岡東町です。okahigashi.com でもありますし。しかし寂れているところ、整備がおくれているところは考えないかんと思うのです。


2018.05.24
今年2月15日に載せました川原町の同じ写真です。
この時に書きました、大阪の中崎町のように若い子が手作り品を川原町の古家で売るようになったら良いという考えを、30年ほど前に枚方の役署に勤めていて、その時はよく川原町に飲みに行ったという人と先日久し振りに食事をする機会があり、その話しをしました。そうするとその人は、中崎町のように古民家ばかりだったらいいが川原町は横にスナックビルが建っていてそれは無理だと言われました。

その時の話しを思い出して気になって、22日の夜10時半に川原町へ取材に行きました。辻に黒い服の若い男の子が3人ほど立っていて、二千なんぼ、ぽっきり!どうです!ご主人!と言っていました。「取材」の腕章をして行ったら良かったですね。バックにカメラが入っていましたが、夜に撮ると疑われそうなので写真はありません。以前の昼のを使いました。


2018.05.23
写真は去年の12月の夕暮れ時、交野線の高架下から天野川に架かる天津橋の方を撮ったものです。
この時間は関西外大の学生がたくさん帰ってきます。ほとんどが写真の左の駅の方へ行きます。京阪電車に乗って帰るのです。

これを反対の方、モスバーガー側、T-SITE側へ行かすことができれば町に賑わいが出ます。その手っ取り早い方法は、学生が川原町に下宿するようにするのです。市が建物を借り受けてリホームして、大学側に安価な下宿先として申し出ます。きっとそれだけの経済効果があると思います。学生が住むと使う金だけではないですから。


2018.05.22
20日の岡東中央公園の続きです。
家にいても公園の音楽の音が聞こえていましたので、昼からもう一度聞きに行きました。
もらったガイドブックのプログラムよるとこの時はステージでギター愛好会の人による演奏でした。素人ですがボーカルの高い声がよかったです。次にプロの2人組が出ましたが私の好みでないのですぐに帰りました。

写真手前の枚方市駅から市役所までのふれあい通りを歩く人は多いですが、ステージ前に行く人は少ないです。皆さん忙しく歩いていて、呼び込むのは難しいようです。
そんなことを考えていて、仮に駅前のロータリーと公園の場所を入れ替えてみたらどうなるだろうと思いました。今は駅の方から、バスロータリー、サンプラザ1号館、公園、市役所の順ですが、これを駅の方から公園、サンプラザ1号館、バスロータリー、市役所の順にしたら。バスの利用者に公園の中を歩かすのです。文字通りふれあい通り、にぎわい広場になります。またこの方が駅前に緑が広がっていいです。


2018.05.21
昨日、20日(日曜)朝10時30分の岡東中央公園です。
ステージ前の公園一体を「にぎわい広場」とも呼ぶようです。
               
「とっておきの”音楽祭” in ひらかた」
写真手前の大きな木の下に案内掲示板があり、先日ネタをさがしに見に行って、この催しを知りました。

 

会場でもらったガイドブックの開催概要に、
障がいのある人もない人も一緒に音楽を楽しみ、音楽のチカラで「心のバリアフリーを目指す音楽祭」です、とあります。
合言葉は~みんなちがって、みんないい~   
屋台のテントが5~7張りほど出ていましたが、人は少なかったです。
隣のふれあい通りを歩く人が興味をもって聞きに寄ってくれたら。そのようなおもいがしました。


2018.05.20
近くの教学室の門扉に貼っている市長さん名のシールです。
 「伏見隆。豊かで誇りある枚方を創る!」 
この伏見さんのシールを貼っている家が町内にあります。

しかし私は「この町の風景」の責任者として、編集の中立性から特定の政治家の名前の入ったシールを、自店に貼るのは避けたいと考えています。それでもらったシールは教学室に貼りました。


2018.05.19
橋本質店の軒下の掲示板です。
いま貼っているポスターは左から「交番だより5月号」「日本赤十字社」「こども110番運動」です。
こども110番運動のポスターは20日ほど前に、保険会社ひらかた営業オフィスのご婦人二名が、当店が「こども110番の家」の旗を出しているので、どこかに貼ってもらえませんかと言って持ってこられたものです。

ポスターは右の肩のところに「一生涯のパートナー、保険会社名」、また用紙の下部には青少年育成大阪府会議、大阪府警察、協賛:保険会社名、と書いてありま。ポスターの本文は「知ってる?こども110番運動」、「家庭や地域のみなさんで、こどもたちを守りましょう!」です。主旨はまことに結構です。場所が空きましたので貼りました。


2018.05.16
13日(日曜)、五六市の日の三矢公園です。青色の雨合羽の人はガードマンです。あと白い雨合羽のガードマン2人がこの辻に立って車の進入を止めていました。
この日は朝から雨でしたが3時ごろに小降りになったので散歩がてら五六市を見学に行きました。しかしもう時間が遅く店は片付けられ街道筋を歩く見学者はいませんでした。
 
五六市の日は街道筋に事務局があり、前を通ると世話方の人達がいつものようにおられました。雨降りで人出が少なくても詰めなくてはいけないのでしょう。辻々にはガードマンを立てたり、何かとご苦労です。次の一ヶ月先なんかすぐに廻って来ますから。


2018.05.15
12日の枚方・百済フェスティバルの続きです。
@ 写真は会場でもらった用紙にある、中宮ソーラン(中宮小学校)の踊りでしょうか。
いつも当日に現場で写真を撮り、その時に考えたことを、写真の横にコメントして UP しています。しかしコメントを書いていて前に考えたことが誤りだったことに気が付くことがあります。書き直すか、もう写真を没にして、別の新しいネタに行くか考えます。
しかし同じネタをしつこく書き直しているとまた新しい発見があるものです。もちろんその発見したものが上手に書けるかどうかは別ですけど。

@ 写真は日本民謡です。
毎日ほどこのページを見に来てくれる人は、文章が決まってから UP したらどうなんだ、と思われることがあるでしょう。 UP したものを何度も書き直すな、訂正するなと言う気にもなるでしょう。ですがそれだけ苦労していますので堪忍して下さい。
読んでいる人がいるとして、文章を正しています。一日の労力の相当をこれに使っています。御寛容の程。

それで先日から載せています百済フェスティバルの各イベントの出演について、見に来てくれる人がいて演じられています。また人前で演じられるように日頃から練習をしています。出演して演技する人も、見に来る人も意識していないかも知れませんが結局は助け合っているのだと思います。


@ ポケモンをしているようです。
歩いていてこうした人の集まりをよく見ます。うつむいてスマホを一生懸命操作しています。
この人達は誰も助けていません。もちろん自分が助かるならそれでいいのですが。


2018.05.14
12日(土曜)枚方・百済フェスティバルの続きです。
伏見枚方市長さんの祝辞がありました。
そのあと右に写っているピンクの上着の人(紹介がありましたが聞き漏らしました。会場でもらった用紙に駐大阪大韓民国総領事館 韓国文化院とありますから、そこの人でしょうか。)が挨拶されました。
またステージに並ぶ後援の各団体の代表者が紹介されました。
百済の会の人が、「枚方に縁の深い百済王敬福さん」、の題で話しをされました。

イベントが続き、日本民謡、チャング演奏、和太鼓、河内音頭、スターダストの踊りがありました。写真は演目の一つのアテルイ・・?、です。このあと沖縄の踊りがあるようでしたがなかなか始まらないので途中で帰りました。
会場で見かけた岡東町の人は老人会長の清水さんと、子供がスターダストで踊っているお母さんとお婆さんだけでした。
 
ステージ前の強い日差しの中で観客用のイスに座って見ている人は何かの立場で来られているのかも知れません。大変だなーと思いました。セレモニーは短くていいです。楽しいイベントを、例えば韓国の領事館の関係者が来られてますので頼んで、K-POPのグループなんか呼んできたら若い子が聞きに来るのではないでしょうか。

いやそうではなくてセレモニーだけで、1300年前の百済王敬福さんに思いを馳せる催しであればそれでいいのかも。すでに1300年前に日本に来て死んだ人は、今の者からすればもう十分に日本人なのですから、ことさらに韓国を引っぱってくることはないのかもしれません。


2018.05.13
昨日12日、枚方・百済フェスティバルがありました。
写真は百済王神社を出発してイズミヤ前をとおり岡東中央公園に到着するチャングパレードの一行です。
公園には模擬店のテントがいくつか出ていました。
野点お茶席、本場のキムチの販売、百済寺跡発掘資料コーナーなどがありました。
ステージでは韓国からの来賓を迎え百済フェスティバルの会長さんの挨拶がありました。

この百済フェスティバルは2001年から始まって今年で18回になります。
百済寺跡は国の特別史跡で、大阪府で特別史跡に認定されているのは大阪城とこの枚方の百済寺跡の2つしかありません。このようなお話でした。写真の下部が白く写っていますのは日差しがあたっている所です。この手前には観客用のイスがたくさん並んでいます。座って聞いている人は暑くて中には日傘を差している人もいました。


2018.05.12
先日6日(日曜)の朝の岡東公園の掃除の後です。
公園で連絡と雑談をしています。
今月から始まるのが30分早くなり7時30分からでした。
私は知らず先月どおり8時に行きましたら掃除はほとんど終わっていました。
終わったあとペットボトルのお茶を飲みながら、連絡事項がありました。真ん中の男性は司会役の老人会長の清水さんです。


2018.05.10
6日の優勝報告会の続きです。
公園に帰ってきたパナソニック パンサーズの優勝パレードの一行です。
このようにパレードの写真を何枚も撮ったのですが、昨日も書きましたように肝心の岡東自治会の会長さん副会長さんの写真を撮るのを忘れました。
この写真の左に写ってます樹木の下にベンチがあり、橘内さん、築山さん、中村さんが腰掛けておられました。撮り忘れたので、あとでもう一度行って腰掛けてくださいと言うわけにもいかないし失敗です。
しかしです。「取材」の腕章をして、おこがましくも記者を名のって、取材の失敗を自ら報じるような、こんな誠実なメディアが他にあるでしょうか。その点は汲んでください。


2018.05.09
6日(日曜)、岡東中央公園でパナソニック パンサーズの優勝報告会のときに市民会館の前の広場に止まっていた、パンサーズの大型専用バスです。カッコよかったです。
当日、岡東自治会の会長さんや副会長さんを撮るのを忘れたと前に書きましたが、もともとネタ元の井上さんからのミッションは、橘内さんや築山さんや中村さんをパンサーズの優勝報告会で撮ってきて、その写真を広報の竹安さんに渡すことでありました。(そもそもこれは私の聞き違いだったかも知れません。)私は当日、優勝パレードをどの角度から撮ろうか必死になっていて、自分のミッションを完全に忘れていました。バスの画像はあるのですが、橘内さんも、築山さんも、中村さんも、一枚も写っていません。すいません。


2018.05.08
「 この町の風景」の取材時の腕章です。自分で作りました。
6日の岡東中央公園の取材に初めて巻いて行き、岡東自治会の人にも見てもらいました。
日本記者クラブには入っていませんが??、これで一応報道記者のつもりです。
この腕章をしてカメラを向けると相手が緊張するような辛口のコメントも書いていきたいです。あと道具はズームレンズ付きのデジカメ、三脚、脚立を揃えていくつもりです。


2018.05.07
昨日の6日(日曜)、岡東中央公園でバレーボールのプレミアリーグ男子、パナソニック パンサーズの優勝報告会がありました。
パナソニック パンサーズは本拠地が枚方市です。また枚方市のPR大使にもなっています。
写真は報告会に先だち、枚方市駅前のT-SITEからサンプラザ1号館を周り中央公園に帰ってきたパレードです。常翔啓光学園吹奏楽部の吹奏隊のあとにチアガール、そしてパンサーズの選手が続きます。

中央公園のステージに上がったパナソニック パンサーズの選手です。写真の一番左に写っているのは祝福の言葉を述べる伏見市長です。
写っていませんが選手の右にはご来賓の人たちが座っていました。天気が良く観客は多かったです。

この観客の後ろの方、木陰のところに岡東自治町内会会長の橘内さん、副会長の築山さん、中村電機さんが来ておられました。
ところが写真を撮るのをうっかり忘れました。もともと今日のパレードのネタは副会長の井上さんからもらったものです。だいたい「この町の風景」を取材するのに岡東町の人を撮るのを忘れたら失敗です。


2018.05.05
左の写真では京阪バスが留まり、行き先が枚方市駅と表示されていますので、枚方市のどこかの駅前のように見えますが、正解は川向こうの阪急高槻駅の駅前です。
今朝、琵琶湖の方へ行くのに、出るときは枚方市駅から京阪電車に乗り、丹波橋で近鉄に乗り変え、京都駅からJR湖西線に乗りました。しかし帰りはJRの新快速で高槻駅まで一本で来ました。
高槻のJRと阪急の駅の間は店の多い賑わいのある町筋です。阪急の高槻駅のバス停まで来ると向かいの「なじみ野」の店の前で可愛い女の子が、どうですかー!と呼んでいました。腹が減っているので店に入ると、お帰りなさいー!と他の女の子が言います。座ってハイボール、かきあげ天、タマネギ天、なす天、白飯を注文しました。安くて、美味しくて、店ははやっていて活気がありました。

店を出て上の写真を撮った後、すぐ近くからジャズが聞こえ、阪急電車の高架下で開かれているジャズフエスティバルを聞きにいきました。
写真に写っているより実際はもっと多くの人が聞いていました。黒人の歌手でど迫力です。観客も音楽に合わせて体を揺すりジャズが好きという様子でした。そしてバスに乗り25分ほどで枚方市駅北ロータリーに着きました。260円でした。
長々と文章を書いてきましたが、これでつまり何が書きたいかと言いますと、枚方の駅前は高槻の駅前に負けているということです。それは勿論そうなんです。前から。こちらは京阪1本ですが高槻はJRと阪急と2本ですから。それはそうなんですが、淀川の左岸と右岸で人口も殆ど同じで、衛星都市でベッドタウンで、同じことが多いのに、こう水を開けられるのは悔しい。行ってみるとそれをひしひしと感じます。


2018.05.04
掲示板にポスターを貼る作業をしていますと、自然と通る人がポスターを見る以上にその内容を読みます。昨日載せました日本赤十字社のポスターに、西南戦争の後、1923年 関東大震災、1985年 御巣鷹山航空機墜落事故、1995年 阪神淡路大震災、2011年 東日本大震災、・・、とあります。しかし最初の西南戦争の後は震災と事故だけで日露戦争も太平洋戦争もありません。それはどうしてなのかなぁ、と疑問に思いました。
むかしヨーロッパでは国王が戦争を始めて兵隊を出し、お妃が戦の負傷兵を看病する赤十字社の名誉総裁についていました。前にそれがおかしいと思ったことがあります。そこから次に講談の「会津の小鉄」を思い出しました。西南戦争より少し前、蛤御門の変から長州征伐のあたりです。京の都で負傷兵を運ぶ、戦死者を弔うなど活躍する、旭堂南海先生が読む「会津の小鉄」の一席です。


2018.05.03
橋本質店の軒下の掲示板です。右はコミュニティの認知症徘徊見守り訓練の実施案内。左は日赤のポスターです。
日赤の9785回とありますのは、はじめて救護を行った1877年の西南戦争以降、さまざまな災害や事故の現場に日赤が救護班を派遣した回数であると書いてあります。続けて・・「こうした活動は皆さまの会費とご寄付によって、支えられています。皆さまのあたたかい想いと共に。これからも、つづける。人を救うことを。」


2018.05.02
近くの側溝に落ちている鳥の羽根です。
道のアスファルトの上に白い小さな羽根が散らばっていて、最初は何かと思い側の溝を見るとたくさん落ちていました。
様子からして雛鳥がカラスかネコかイタチに襲われたようです。やられたのは中型の鳥、ヒヨドリの雛のように思います。
ときどきヒヨドリが電線に止まって長く啼いていることがあります。呼んでいるように聞こえます。遠くで反応の声がすると直ぐにそちらへ飛んでいきますが、しかし反応がない、いつまでも電線に止まって啼いているのがいます。


2018.05.01
意賀美さんの参道です。
月初なので今朝お参りしました。
右は意賀美神社参集殿です。
左から樹木が頭の上を覆い、暗い道を上って抜けると境内は一気に明るくなります。
今朝は他にお参りの人は見かけませんでした。