2018.06.30
バス旅行の続きです。写真は橋本質店の外壁です。上に防犯カメラがあり下に外灯があります。真ん中にオレンジ色の器具がついています。
これは侵入などの異常を知らせるセコムの装置です。検知すると発光してセコムの警備員はこの光を目当てに走ってきます。
6月18日朝、バスが激しく揺れた後、岡東町のある企業さんのビルの外壁にあるこの装置が発光しているのをバスの窓から見ました。地震の発生が7時58分ですから社員はまだ出社してなく解除の前だったのでしょう。
前の文章に地震直後の町の様子を、いつもと同じ晴れた朝の景色でしたと書きましたが、この装置が発光していたことが、旧国1を北上するバスの中で気になっていました。


2018.06.27
 6月18日の町内のバス旅行の続きです。写真はバスに乗り込む時にもらったおやつです。このページに載せるネタを探していましたが、今日はこれにします。
ナイロン袋に入っていたお菓子はこの倍ほどありました。しかし既に食べていて今日の時点でこれだけしか残っていませんでした。

18日の朝おやつを貰い、お見送りを受けて出発しました。バスが40mほど進んだところで激しく揺れました。信号機が大きく揺れています。しかし落ち着くと街の様子に異変はありません。サイレンの音はしていません。人は普段どおり歩いています。バスは予定どおり旧国1を北上しました。いつもと同じ晴れた朝の景色でした。
後日思うのに地球最後の日もこれと同じかも知れませんね。ユカタン半島に大きな隕石が落ちて、最初の衝撃波の一波が来て、何だとなって、テレビをつけるとアメリカの東海岸がえらいことになっていて、自由の女神が大波をくらい、ホワイトハウスが流されていて、それでバス旅行を取りやめて帰って来て、岡集会所でパック入りの巻き寿司を食べて、大昔に隕石が落ちて、それで恐竜が絶滅したからこれからは寒くなるのと違うかと、最初はそんな会議をしているかも知れませんね。

私は岡集会所の会議から途中で帰って来て、岡東町1番のお宅の2階のモルタルの壁が剥がれて下の庇に乗っているのを見ました。近くの高橋さんの畳屋さんも心配しておられました。下の道まで落ちた物は既に片付けられたようです。庇に残っているものが余震で滑り落ちると危ないので、引っ返して自治会副会長の築山さんに報告しました。
そうしますと一緒に現場まで見に来られて、コミュニティの狩野さんに電話をされました。ホットラインがあるようです。明くる日には庇に残っていた剥がれた壁は片づけられていました。


2018.06.23
写真は6月18日午前7時30分ごろ、市営駐車場近くに待機している岡東町の春季慰労会(バスツアー)の大型バスです。今日は天橋立方面に行く予定です。
このあと参加者が徐々に集まり全員バスに乗り込んで8時前に発車しました。すぐの野村證券の前の信号で止まっているとバスが激しく揺れました。最初は後ろから大型車にぶつけられたのかと思いました。そのあと携帯に速報が入り地震だと言う人がありました。揺れが収まるとビルは傾いていませんし窓ガラスは割れていません。道のアスファルトはめくれていませんし、普通に人は歩いています。車も普段通り走っています。恐怖感や大きな地震が起こったという印象はありませんでした。バスは予定通り旧国道1号を北上しました。車中携帯が繋がらないと言う人があり、家に一人でいるお婆さんが心配だと言う人がいました。それでやめて引っ返しました。

写真は回って帰って来るバスの車中です。天井からテレビモニターが下がり地震のニュースが映っています。エェー! こんな地震が!! の感じです。
私はこのテレビ画面を見て初めてことの重大さを実感しました。意賀美神社の宮司さんがNHKの電話取材を受けて被害の状況を答えておられます。テレビ画面の力はすごいです。
バスが出発してすぐに揺れて、その後すぐにこのテレビを映したら状況がもっと早く分かったのでした。家にいて揺れたらそうするでしょうね。バスでは天井からモニターが下りていて危ないので、普段は天井に収納されています。元々このモニターはカラオケ用でしょうか。
取りやめて帰って来て岡集会所で残念会、慰労会、反省会、防災会議がありました。その写真はありません。内容についてはまた後日書きます。今はパソコンをしていると私どもの首が痛いのでここで終わります。


2018.06.21

6月16日(土曜) 岡集会所で尺八の都山流の創始者、中尾都山さんのことについて町内の山口遼太さんが講義されました。
用意されたテキストには、中尾都山さんの略歴、都山流のこと、岡東町に住んでいた時期、都山邸の母屋や道場、また門下生宿舎の位置や規模等について記されています。

カラー刷りテキストの資料には昭和29年航空写真や岡東町の地域住民の証言、また道場の跡地に建つ医院さん提供の都山邸の建物の一部が写る昔の写真などが使われています。


2018.06.16  首が痛くてパソコンができませんので、これから更新の頻度が下がります。リハビリをしていますがモニターを見る角度が首に良くないのか直りません。しばらく様子見にゆっくりします。


2018.06.15
岡東公園の紫陽花が今満開です。
午後4時半ごろ前を通ると斜面に植わっている紫陽花が西からの強い日差しを受け輝いていました。今撮らないといつ撮るのかと思い急いでカメラを取りに帰り撮りました。
しかしこの写真では左上の柵のあたりを切りましたが、ここに公園のベンチがあり若い男女がいました。紫陽花を撮るのに下から写真を構えていると、別の意図があるように思われると困るので早々に引き上げました。


2018.06.14
五六市を見学して、三矢町から堤町へ入りました。
ちょうど古民家風の雑貨と喫茶の店の前あたりで鍵屋のある方向から河川レンジャーの一行が幟を立てて歩いて来ました。

岡東町の山口遼太さんが先頭で案内していました。去年このページの 2017.10.25 に載せました淀川・枚方歴史ウォークのようでした。
写真を撮るつい先ほどまで、この場所で止まって何か説明がありました。それが終わって動き出した一団の後ろ半分ほどを撮りました。


2018.06.13
6月10日(日曜)に旧枚方宿の五六市がありました。写真は三矢町の受付本部です。五六市の役員さんが詰めておられました。

右に写っている白いワイシャツの男性は枚方信用金庫本店営業部のトップです。前の入口に「創業・開業ご相談コーナー」と立て看がしてあります。これは必ずしも五六市に出店する店を創業・開業しませんかということだけでなく、何か新しい事業をやってみたいという人の相談になりますということだろうと思います。枚方市の活性化になりますし。
 
たしかにここを通っている人の中には、例えば学習塾を開きたいとか、ネットで広告をする事業をやりたいとか、小規模の保育所をしたいとか、小さな食べ物屋さんをやってみたいとか、 IT で新しい事業を興したいとか、いろいろな思いの人がいるでしょうね。しかしするについては法律の規制もありますし資金のこともありますし、先ずだれかに相談をして教えてもらいたい。それでそうした人には当信用金庫がその最初の相談の窓口になりますよということでしょうか。取材したのではありませんが。


2018.06.12
先日、町内の回覧の「水防団員 求む!」を読んでいて、水防団と消防団の違いを考えました。もちろん法律も作業も事業主体も違うのでしょうが、しかし違いを考えるにつけ昔自分が八幡市の消防団でしたこんなことを思い出しました。

淀川と木津川が合流するところに背割りの桜で知られる堤があります。同じようにもう一本淀川と桂川が合流するところにもあります。八幡市のシルバー人材センターからこの堤に高齢者数名が何かの作業に出向いて、休憩時に内1名が用足しに行ったまま帰ってこなくなりました。川に落っこちたのではないか。それで地元の消防団に捜しに出てくれとなり、桂川の川岸を歩きました。見つかりませんでしたが、数日して毛馬の閘門で上がったとのことでした。水防団員にはこんな仕事はないでしょうけど。


2018.06.11
淀川左岸水防事務組合の塀にある掲示板です。三矢町の京街道にあります。
ガラス戸の内の、左は 6/9 このページに載せました水防団員募集の同じポスターです。真ん中は分かりません。
右は役所の公示でしょうか。「水防団員等公務災害補償条例の一部を改正する条例を公布する。管理者 大阪市長 印」、とあります。淀川の水防の管理者は枚方では大阪府でなく大阪市なんですね。知りませんでした。


2018.06.10
昨日、掲載のポスターと同じ、淀川左岸水防事務組合よりの「求む!水防団員」の町内の回覧が今朝回ってきました。
写真の左は、「・・水害への危機感が高まる中、水防団員が不足しています。・・水防団員を緊急に募集しています。・・市区内在住、在勤の18歳以上の元気な方のご応募お待ちしています。」と書いてあります。

写真の右はその裏面です。水防団、水防団員についてのQAが書いてあります。
また、この件に関心のある方は、各自で「淀川左岸水防事務組合」(枚方市三矢町6番11号 072-841-2310)にコンタクトお願いします、と書いてあります。


2018.06.09
橋本質店の軒下の掲示板です。右が交番だより6月号、左は水防団員募集のポスターです。
淀川左岸水防事務組合(枚方市三矢町)より。「みなさんの力が必要です」。「自分達の街を、暮らしを守る水防団」、と書いてあります。

私は昔に住んでいた八幡市で消防団に入っていました。もう30年以上も前のことですが、その当時に既に消防団といっても火事を消すことについては、八幡市全域で消防車が何分以内に行ける体制が出来ていて特に要らないと聞きました。ただ水防には土嚢を積んだり人手が要るから、団員が必要であると聞きました。確か団員1人あたり年間14000?だったかの計算でお金が市から分団に降りていたと思います。団員がそのお金を貰うことはなかったですが、その金で分団の新年会をしたり、夏は淀川に舟を浮かべて投網を打って料亭で宴会をしたりしました。もちろん今のこの団員募集のポスターには料亭で宴会のことは書いていませんけど。


2018.06.07
 枚方大橋の方を見ています。淀川が大阪へ流れ下っていきます。
昔ここを三十石舟が行き来して左の岸に着き、三矢町、岡本町と京街道が通り、東海道の56番目の宿場町として賑わったと枚方の歴史にあります。
 
この風景を見ていて、昔の日本の、その時代のGNPの相当なパーセントがここを通ったんだろうと思いました。物資、財貨、人、地位、知識、才能、いろんな意味で「富」というものが。幕府の将軍も、大名も、公家も、高僧も、学者も、兵隊も、・・。
今はこの淀の流れに1艘の舟も浮かんでいません。それが今はWWWの海をネットに載って流れています。先日も仮想通貨が盗まれたと若い会社役員が発表していました。言う額が500億です。それをまた弁償して、その会社を別の会社が買収しました。もう分からない世界のことですが、東京でのことです。
若い人がそんなことを見聞きすると、「俺らぁもぉー、東京さぁー行くだー!」の気分になるでしょうね。町内でも東京圏に住んでいる息子さんがいます。向こうで家を買ったのでもう帰って来ないだろうと親ごさんは言っています。


2018.06.06
橋本質店の前の紫陽花です。
パンジーが終わった後に置きました。

この紫陽花は株をいただいて鉢に植えてから3年ほどになります。店の前に置きますので丈は低くしています。いつもは壁に近づけて置いていますが、今日は雨が降ってますので雨にあたるように軒の外へ出しました。


2018.06.05
 写真の左は近くのTさん宅の紫陽花です。
門の前に繁っています。手入れされているので緑の葉に勢いがあります。岡東公園の紫陽花も奥さんが手入れされています。一部はここのを株分けされたのかもしれません。私共ももらいました。
右の写真は門を入ったすぐのお庭にある水盤です。撮らせてもらいました。メダカがいます。カメラでねらったのですが写真には写っていませんでした。


2018.06.04
岡東公園の向かいの日吉神社旧趾です。道路から一段高く石が組まれ、周りをフェンスで囲われています。
先日、さる筋から入手しました情報によりますと、この旧跡が岡東公園に移設される計画があるようです。公園のどの場所かはまだつかんでおりません。
 
私はこの日吉神社旧趾の謂われを知りません。それをだれかに聞いてからこの記事を載せようと考えていましたが、来歴のことはまた勉強して後日にします。


2018.06.03
今朝は7時30分より岡東公園の掃除をしました。
先月と違い草が伸びています。公園の中央の土のところは全部引きました。
今朝は他所でグランドゴルフの集まりがあり、そちらの方へ行っている人がありますので、いつもより公園の掃除の人数は少なかったです。暑いので適当なところで終わりました。

写真はペットボトルのお茶を飲みながら集まって緑陰連絡会議をしているところです。


2018.06.02
昨日1日朝、意賀美神社にお参りしました。
写真左の説明板には「万年寺山古墳と意賀美神社」について書いてあります。枚方市教育委員会です。
右は「夏越しの大祓」、茅の輪くぐり神事の案内です。御撤米の横に置いてありましたのでもらってきました。
内容は6月30日(土曜)。境内催事12時~。伝統芸能奉納13時~。水無月(6月)夏越しの大祓・茅の輪くぐり神事、16時より斎行です。


2018.06.01
昨日31日、関西医大病院の10Fの窓ガラス越しに撮った淀川河川敷です。雨模様の夕方5時です。
この眺望はいつも歩く散歩道を高い空を飛ぶ鳥の眼で見ていることになります。風景は柔らかくしっとりしています。

サイクリングロードのすぐ横にトイレと自販機があります。休みの日にはこの円形のベンチの周りに自転車を止めて休んでいるグループがあります。フェンスにもたせ掛けてある自転車は高級な物が多そうです。


上の写真に天野川が淀川に注ぐ最後の橋が写っています。この写真は橋を渡った先の河川敷です。

両方から木々が繁り緑が美しいです。いつも人が少なく、この中を思いっきり早足で歩くと気分がすっきりします。野鳥が多く、キジを見ることもあります。