2018.01.31

29日に載せました「16歳の語り部」の本といっしょに借りた冊子です。

1月27日(土曜)にメセナひらかた会館で「ひらかた防災学校記念講演会」があり、会場でもらったらしいです。「宮城県石巻市立大川小学校からのメッセージ」と副題にあります。A4版 63ページです。

大津波警報が発令された後に校庭にいた77~8名が裏山に避難しないで川側に向かい多数亡くなりました。その検証と研究他、校舎保存のことなどが書いてあります。

前からこうした言葉があります。「昔の大変な時代にこんなにきっちり記録を残して、昔の人は偉かった」。この冊子を読んでいて、今書いているこの人達はすごいと思いました。


2018.01.30

20日の防災キャンプのつづきです。体育館に作ったダンボールのパーティションの中の子どもたちに、右から話しかけているマスクの人は岡東自治町内会会長の橘内さんです。左に立って見守っている人は副会長の井上さんです。正面に市役所の危機管理室の人がみえます。子どもたちはこの前におにぎりなど炊き出しをこの中で食べました。

昨日載せました「16歳の語り部」は、災害時に小学5年生だった生徒の言葉で編まれています。人が津波に流されるのを見たり、死体を見たり、避難所で配給の食料品を大人が子どもを押し倒して持っていくのを見たり、流された自分の家を見つけたら金目の物が無くなっているのを知ったりします。本の案内役である元先生の言葉として、「小5より下ではまだ何が起こったか理解できない、かと言って、大人と言うには早すぎる。・・。その子が16歳になった。彼らが体験し歩んできた日々を、後世に伝え、残すことは未来への財産になるはずだ」、とあります。

この体育館のダンボールの中で小3の子どもが機嫌良く遊んでいるのはせいぜい2時間です。私はいやですねぇー。こんなダンボールの中は。それで体験して思うことは、会長さん、副会長さん、岡東の住民をこんなダンボールの囲いの中に見棄てないで。


2018.01.29

「16歳の語り部」、近くの人から借りました。

本の帯に「あの日、小学5年生だった子どもたちが見据える 3.11 後の未来。」とあります。またページのはじめにこんな言葉があります。「僕たちが、あの日、あのとき、何が起こったのかを理解できた最後の世代で、しかも、その体験を自分の言葉で伝えられる最後の世代なんです」

宮城県東松島市の小学校で東日本大震災の地震と津波にあい、いま高校1年生になった3人の言葉です。

本の案内役は元中学校の先生で今は防災イベントで講演などを行っている人です。 ポプラ社 1300円(税別)


2018.01.27

橋本質店の「質取引票」です。お客様に最初に書いていただく質入れの利用申し込み書のようなものです。「名下票」とも言います。氏名、生年月日、住所、職業、印です。

昨日このページに小学校の先生は仕事がら普段から不審者に神経を使っておられると書いていて、そう言えば質屋は仕事がら普段から「人定」にこだわっているなと思いました。今店へ品物を質入れに来ているこの人は誰か、です。取引はすべて名前、生年月日、住所で人物を特定出来るようにしておかなくてはなりません。品物の目利きを誤って質屋が損をするのは質屋の勝手ですが、入質時の「人定」は大事です。

普段の仕事のその癖が日常に出ることがあります。例えば防災訓練に出ていって、この訓練に来ている市の危機管理室の人は「官」です。市役所の制服を着ています。では制服以外に当局の人はいないのだろうか。コミュニティの上着を着ている人は全て「民」であると考えていいのだろうか。この人は官であるか民であるかといったことは普通の人にはどうでもいい場合がありますが、私はこだわって気になることがあります。


2018.01.26

20日のつづきです。

写真の右下にわずかに写っているのはズームレンズの先端と、体育館の床に置いたノートパソコンのモニターです。一見してカメラマン、取材者だと分かります。顔が大きく入るのでここで画像を切りましたが上着は黒い無地のブレーカーでした。

この人の後方から、私も同じく黒いブレーカーを着てポケットから小さなカメラを取り出して撮っていました。その私を小学校の先生は気にしておられたかもしれません。小学校の先生は仕事がら普段から不審者に神経を使っておられますので。(私は最初「防犯」の腕章をもらって腕に巻いていましたが、途中で帰り支度をしたときに外してしまっていました。すみません。)

これから学校に取材に行くときは、『この町の風景』の「取材」「報道」「広報」などの腕章を自分で作って腕に巻くようにしょうと思っています。


2018.01.25

20日のつづきです。

参加者はほとんどこの上着(ユニホーム)を着ていました。その内の1人に備蓄倉庫などを案内して説明してもらいました。知識が豊富で話しが分かりやすかったです。それでこのごろ市役所の業務に指定管理者制度というものがありますが、もしかしたらこの説明をした人はそうした立場の人でないか市役所の市民活動課へ問いました。そうしますとそういうことはなく、コミュニティのなかに防災、防犯、福祉などに分かれているので、その防災の担当の人ではないでしょうかとのことでした。

コミュニティというものは事務局か何かがあって、そこに職員が何人かいるというものではなく、コミュニティの上着を着て働いている人は皆さんこの地域の人でもともと奉仕活動なんですね。


2018.01.24

20日のつづきです。

このダンボールの中で避難して過ごすのは大変だろうなと思いました。また岡東町からここまで避難するのは遠くて危険でもあります。救援物資は枚二小学校までしか届かないと聞いていますが、先ず町内の人は近くの安全な場所に避難して、代表者(若い、力がある、重い物が持てる)の人が枚二まで物資をもらいに行く方が安全で合理的だと思いました。


2018.01.23

20日(土曜)の防災訓練のつづきです。

体育館にもどり、町内ごとにダンボールでパーティションをつくりました。約1m正角の厚さ3cmほどのダンボールの板を4枚敷き、1mほどの高さのダンボールで囲いました。囲い初めと終わりが入口の扉になり、子供が上履きを脱いで上がり面白いからさっそくずべっーと寝転びました。半畳の畳を4枚並べて1坪の部屋を作った感覚です。

お昼になり子供はこの囲いの内で炊き出しのおにぎりと温かい汁物を食べました。大人は体育館の床に座って食べました。

その後に防災講座です。大人1人が司会役にパーティションに入り子供たちが防災について25分ほどの討論をしました。普段から避難の時の品物を用意してあるとかそんなことです。

その後に各町内ごとに子供の発表です。

このあと市の危機管理室室長が「児童が考える場を提供して下さって感謝します」と挨拶しました。体育館の演壇の紙に、大きな字で「 めあて、 大きな地しんから自分を守る方法を知る 」、と書いてありました。

なるほど。今日の主題はこれだったのです。私は参加していろいろ勉強になりました。


2018.01.22

20日(土曜)の防災訓練のつづきです。

災害避難時に必要な物資の備蓄倉庫です。各班にわかれ備蓄品の説明をうけました。ここには400人分の水、カンパンが置いてあります。炊き出しが出来る器材が入っています。他に発電機、ハンマー、ツルハシなどあります。市の給水車の飲み水を入れる大きな袋もあります。

ここは別の場所です。ここには救援物資の毛布、断熱シートが置いてあります。またトイレボックスとその囲うテントなどが置いてあります。

担当の人の説明は分かりやすかったです。

この屋上に災害時に開設される防災無線の基地局のアンテナがあります。枚二校区全域に届きます。災害無線の子機はトランシーバーのように押して話し、離して聞きます。子機同士の会話は出来ません。基地局と他の子機の会話は共有できます。・・このつづきは明日に。


2018.01.21

20日(土曜)に枚二小学校区の防災キャンプ(避難訓練・学習)がありました。

左は朝10時にT-SITE前に集合した岡東町の防災訓練の参加者(このあと数名来ます)です。自治会長の橘内さん、副会長の築山さん、防災推進員の長澤さん、桝井さん、大柴さん、子供会の皆さん、それに寺嶋さんと私で16名です。右は、災害時に避難場所に指定されている枚二小学校へ歩く一行です。

小学校に到着すると会長さんが受付をすませ、全員にマスクが支給されました。上履きに履き替え体育館に入りました。すでに会場には副会長の竹安さん、同じく副会長の井上さん、民生委員の井上さんが来て準備しておられました。他にも岡東町の人がおられたかもしれませんが分かりません。・・このつづきは明日に。



2018.01.19

前回のつづきです。

道路の右が窪地でその先の斜面の上がマキノゴルフ場のコースです。伐木した木が道路の側に積み上げられています。切り株の白い面が立っているのが遠くまで見えます。前はこのあたり全体が自然木におおわれていました。道の左の淀川との間にも柳が繁り、川からの風を防いでいました。木々の間を通る道(公式には緊急河川敷道路、一般にはサイクリングロード)はとても気分がよく週に一度はここを歩くのを楽しみにしていました。こんなふうに伐採されて残念です。

伐木について言いたいことがあるなら掲示板に淀川河川事務所の電話番号が書いてありますから電話をすればいいのですが、抗議といっても木を切られてから議論の成り立つものではありません。それで腹いせに掲示板にスプレーで × をするとかアホと書くでは幼稚過ぎます。ここは突っ込みを入れて笑い飛ばす、また風刺して鬱憤を晴らせないかと思いますが、それをやるのにどんな話しにするか考えるところです。


2018.01.17

12/25 にも載せました河川敷の「淀川伐木他工事」の現場です。

直線道路の右も左も全て伐木され地面が丸裸です。ところどころに直径40cmほどの丸い切り株の白い面が地表にぽっぽっと立っています。荒涼たる風景です。前に木が繁っている状態を知っている者にはアッと驚く地面です。なんぼなんでも切り過ぎやない。そんな思いがします。そして次に、「こんなことしてええんか!」の感情が起こります。

それで私と同じように怒りをおぼえて、お上に文句を言いに行った者がいたのかも知れません。先日13日(土曜)に散歩に行くと、前にはなかった淀川河川事務所からの掲示板が上の写真のように立っていました。内容は・・

『淀川河川敷をご利用の皆様へ。

◆この道路は、災害時には緊急輸送、平常時には淀川の管理作業を目的として設置した「緊急河川敷道路です」。

◆普段は、河川利用者の皆様に開放していますが、「自転車専用道路」ではありません。

◆この道路を自転車で走行される場合は安全な速度で走行マナーを守り、お互いに譲り合って通行しましょう。淀川河川事務所 枚方出張所』・・とあります。

この掲示板の文面は自転車の走行マナーについて書いてあります。伐木の必要性については触れられていません。それでいて道路が「緊急河川敷道路」であることは強調されています。伐木の必要性について書くと災害時の安全か、それとも自然保護かの議論になるから、掲示内容を表向き自転車マナーの注意書きにしたのではないかと受け取ったのですがどうでしょう。


2018.01.16

14日(日曜)は岡東町の2ヶ月に一度の資源回収の日でした。橋本質店の角の花壇のところに集まった古新聞などの回収資源です。昔に較べて量が少なくなりました。

去年の暮れに前回の11月の資源回収の金額と次回回収日の予告を記した用紙が回覧で回っていましたが、先日散歩していると他の地区の自治会の掲示板に、その地区の資源回収の金額を書いた用紙が貼ってありました。その地区は戸数が多いからたくさん出るようです。岡東町よりもっと金額が高かったです。


2018.01.14

昨日、岡東自治町内会の新年互礼会が駅前のびっくり寿司さんでありました。

私はP6:30に受付で役員さんに会費を払い参加しました。

会は先ず岡東町内会会長の橘内さんの挨拶のあと、長老の乾杯の音頭ではじまりました。参加者は約60名でした。

会は宴たけなわ。テーブルでは明日の岡東を考える委員会?、論壇風発です。橘内さん、藤井さん、細野さん。テーブルのこちら側は畑中さん長澤さん、それに私でした。

橘内会長さんはいつも町内の人の「和」を第一に考えておられて、それについて他の人も岡東町は昔からとてもうまくいっていると話されていました。

この何年かの橘内会長さんの言葉を注意していますと、数年前は自治会長さんとして目指されることは、「住み良い岡東、住んで良かった岡東」でした。それが最近は、12/09 に載せました回覧板の文言では「岡東町住んでよかった、楽しい町岡東」になっています。住み良い岡東から発展して、楽しい町岡東へ。「楽しい町」・・これが岡東自治会のニュー・コンセプトではないかと読みましたがどうでしょう。「楽しい町」には「和」が大事です。それでこれまで以上に和を大事にして楽しいを演出されるためでしょうか、橘内会長さんはこの日はまた楽しいデザインのセーターを着てこられました。岡東町の新年互礼会は皆で和やかに美味しい料理を食べ、うまい酒を飲んで楽しい内にP9:30に一応終わりました。

 


2018.01.11

「新春走ろうかい」のつづきです。

枚方体育協会のホームページに第41回「新春走ろうかい」の大会概要があります。ハーフマラソンのコースの地図を見ますと、この天野川の所は行った道を帰るように書いてあります。折り返して帰って来たランナーは天野川を渡って右へ曲がり、もと来た道を走るコースのようです。堤防の上から見ていますと、この前(試走ランナー??)にもここで同じようなトラブルが起こりました。

ホームページには、主催は枚方体育協会、主管は枚方市陸上競技協会、特別協力枚方市とあります。ほか後援、協賛、協力など多数です。多くの団体、企業、個人のボランティアで運営されているようです。レースを先導する自転車2両の様子はおしゃれでかっこよかったのですが。


2018.01.10

一昨日の「新春走ろうかい」のつづきです。

撮った写真の中によいのがないのですが、マラソンランナーは左上の淀川の方から来て、ここで天野川を渡って楠葉の方へ走っていきました。

先頭ランナーの前に先導の自転車2台が走りランナーは2人でした。折り返して帰って来たときに自転車は2台でランナーは1人でした。ところが先導する自転車の内の一台が橋を渡ったところで、元来た道の右へ曲がらずに真っ直ぐに、写真ですと左の方へ行ってしまいました。ランナーもここで一瞬とまどったように見えました。そのあと自転車は引っ返してきてランナーの後を追いました。本当のコースはどうだったんでしょう。分かりません。堤防の上から見ていますと、この先頭が帰って来る前にもここで同じようなことがありました。


2018.01.09

昨日の「新春走ろうかい」です。

ひらかたハーフマラソンの6kmをすぎたあたりです。スタートは10:30でした。今は11時です。先頭はもうだいぶ前に通りました。この後まだ長く長くランナーが続きます。ここは河川敷のサイクリングロードですが、このあと先頭が帰って来るのを堤防の上で見ていました。寒かったです。


2018.01.07

今朝は8時から岡東公園の掃除をしました。

1月は例年落ち葉は少なく早く掃除できました。上の左の写真の遠くには手を休めて立ち話をしている人が見えます。(もちろんそれでいいんですけど。)右の写真は斜面の花壇と下の溝を掃除している様子です。


下の左の写真は岡東自治町内会副会長のお二人です。撮らしてほしいと頼みますとポーズをとってくださいました。左が築山さん、右が井上さんです。右の写真は終わったあと円くなって温かい缶コーヒーを飲みながら、この日は老人会長の清水さんのお話しを聞いています。8時50分に帰りました。



2018.01.06-2

(12/23~24の記事に、フェンスの内側の雑草が引かれて土の面になっているのは、近所の子供が種を撒く遊びをしたのでないかと書きましたが、正しくは、前にこの水仙の苗をくださった近所のご婦人が私道側が花がなく寂しいので、別の花の球根を植えて下さったからでした。

私が誤解をしましたのは、その記事を書く一週間ほど前に近所の小さな子供2人がフェンスに匍う風船蔓の緑の風船玉を採って、中の種を集めていました。しかしもっと風船玉が茶色くなって枯れて、それから破ると中の種が黒くなっていて、その種を撒くと来年芽が出る。まだ緑の種では撒いてもあかんと教えていたのでした。そうしたことがあったものですから、土の面になっているのを見て、これは早速子供が何かの種を撒くごっこをしたのだと思ったのでした。)


2018.01.06-1

前に近所の人からいただいた水仙の苗を3ヶ所に分けて植えました。

そのあと何の手入れもしていませんが、毎年この季節になると咲きます。


上の左の写真は私道のフェンスの内側に植えた水仙です。茎の長さは30cmほどです。

上の右の写真はガレージのサンシュウの根元に植えた水仙です。茎の長さは10cmほどです。

下の写真はブロックの塀の近くに植えた水仙です。茎の長さは50cmほどです。同じ苗でも植える場所によってこんなにも違うものかと思います。


2018.01.05

橋本質店の角の大鉢のパンジーです。

前のペンタスが終わったので暮れに黄色のパンジーの苗を3株植えました。

今年に入って近くの病院の先生の訃報の回覧が回ってきました。心よりご冥福をお祈り致します。


2018.01.01 

このページでは地元のお店を紹介したり、周辺のできごとや町の風景を切りとって、少しコメントを入れて更新します。

掲載する写真に顔が大きく写る場合は状況を考えて了解を得ます。風景の中に人が写る場合は角度を考えたりします。

ご迷惑をかけないよう注意してやりますので、ご協力いただけましたら有り難いです。ご意見ご要望をお待ちしています。 枚方市岡東町1-11 橋本洋介 までお願いします。